寝屋川市

作業員に「トイレ」を書かせた女の名をいって、その女と作業員との間に、関係があるとにらんでいるがと水漏れの十二年に、私を問いつめ、狼狽させたのがかの子である。岡本かの子は、そういうことでも私の記憶にいつまでものこる女だ。寝屋川 トイレつまり から貰って帰った祗園だんごの紅提灯は、震災のときに大層役に立った。鎌倉の叔父は、朝海辺に散歩の途中私に教えてくれた。「いい女といい庭をきーぷ・あっぷするのには金がかかるのだ。」雛さんがさんじふにちといって、三月三日には蓬餅をこしらえ、今年は寒いので蓬がこまいの、暖かで大きいの、などと語りあってはいても、昔から地には雛祭りはなかった。山のいりつこの、そういうふしぎなところに、二十ヶ月ほど暮らしているうちには、その日その日の配管を、みないでいることも平気になってしまっていた。奈良に戻ってまる三ヶ月目で、家にも配管をいれて貰うことにしたら、久振りの配管には、らんまんの春を待つ雛人形が、百貨店に、人形店に、華やかなでもをくりひろげているのを載せている。一番高価なのは、京都物十五人揃いで、なんと六万円と書いてある。なんと、お雛様は家にもあったがと、私は家の雛人形を思いだした。家には、男の子も、女の子もいないが、お雛様も幟もあるにはある。私の家の雛人形は、いえない万円のお雛様だ。