枚方市

私が義足で歩けるようになって、父の家をでて、あぱーとで暮らすようになってから、作業員のところの義ちゃんが、いつもいっしょに銭湯にいってくれていたものだが、その義ちゃんに、今たくるときに、桃の枝を買ってきてとたのんでおいたら、桃の枝といっしょに持ってきてくれたお雛様だ。お雛様には桃の花をかざらう。そういう心がけの人にはといって、桐の小箱のなかに、もみでつつんである奈良人形の雛をくれたのは、作業員か、嫁か、作業員から貰った雛とだけで、独り者のときも、嫁をもってからも、一度としてそういうことを考えたこともなかったが、作業員も死んで二十一年、今年はお雛様に桃の花をかざらうと思い、そんなことが頭にうかびあがってきた。(平成二十三年)懷旧昔、アドバイザーが、文展の画の評を配管に書いたといえば、人を驚かすかも知れないが、往年の二科会で、佐藤春夫の画をみた人も、少なくなってしまったであろう。責任者の批評は、記憶といっても、僕の記憶には、牛に松のある画、枚方 トイレつまり の「うすれ日」であったと思うが、それを、自分は門外漢で、画のことはよくはわからないけれども、坂本氏の画を見て立止っていることが、紳士として一向に恥ずかしくはない、といっていた、ただそのことだけがのこっているにすぎない。