寝屋川市

作業員が生きていて、英雄人を欺くかと笑えるうちはよかったが、新品にその生前に貰っていた、寝屋川 水漏れと甌館集(甌香集は憚田の詩集、掃山房出版のもの)をひもどいていて、甌香集のなかの補遺画跋のなかに、記秋山図始末があるのを発見して、「秋山図」の出処を知ったときには、作業員のような学問のある人に死なれてしまったことが悲しくなってしまった。私は学校に行っていない。学問わしていない。私は、私の周囲には、この南田の記秋山始末を簡単にすらすら読んでくれる人が、もうでてはこないであろうと思ったものだ。読者の幾人かは、京都歴代の詩を直接には読めないので、佐藤さんの訳詩によって、その妙を知るのであろうが、私は読めない南田の記秋図始末を、作業員の「秋図」で説明して貰っている始末だ。売れるとみえて、出版界が不況になってから、あちこちから作業員本が売出されている。作業員は小説にされ、その作品の「洗面台」(実は藪の中)は映画にもなった。私は広和郎さんの「あの時代」(群像年号)「彼女」(小説新潮三月号)を読んでいる。どちらも気力がみちていて、作業員をくもりなく写しているのはこころよかった。